【研究成果】病理学第一講座 金関講師らの研究グループ:患者ひとりひとりに最適ながん治療抗原を検出する技術(NESSIE)を開発

患者ひとりひとりに最適ながん治療抗原を検出する技術(NESSIE)を開発 ~次世代がん免疫治療?個別化がんワクチンの実用化に貢献~

<研究の概要>

免疫細胞(T 細胞)はがん細胞を認識して排除する能力を持っています。がん細胞の表面には「ネオ抗原」とよばれる変異ペプ
チドが提示され、T 細胞はこのネオ抗原を目印にがん細胞と正常細胞を識別しています。ネオ抗原はがん細胞の体細胞変異に由来する変異タンパクの断片(ペプチド)です。正常細胞には存在しないため、理想的な免疫治療標的と考えられています。現在ではネオ抗原をワクチンとして投与する次世代のがん免疫治療の開発がすすんでいます。しかし、体細胞変異はランダムに生じるので、結果的にネオ抗原は個人間で配列が異なります。そのため患者毎に検査を実施し、オーダーメイドされた個別化ワクチンを準備しなくてはなりません。
今回、札幌医科大学医学部の金関貴幸講師?時田芹奈大学院生らの研究グループ(病理学第一講座?鳥越俊彦教授)は、患者ひとりひとりに最適なネオ抗原を効率よく検出する新技術(Neoantigen Selection using Surrogate Immunopeptidome, NESSIE)を開発しました。この方法は患者血液を免疫ペプチドミクスと呼ばれる技術で解析し、従来法より正確に患者に最適なネオ抗原配列を検出するものです。どのがん種でも利用できるため多くの患者に適用できる見込みです。この技術は次世代がん免疫治療である個別化がんワクチンの早期実現に貢献すると考えられます。

<研究のポイント>

  • ネオ抗原を検出する新しい技術(NESSIE)を開発。
  • 患者血液細胞の HLA に提示される抗原を調べ、がん細胞の HLA に提示されるネオ抗原を特定。
  • がんの種類および個人の HLA タイプにとらわれずに、どのがん種?どの HLA タイプでも特定可能。
  • 既存技術よりも効率的に、患者に最適な(免疫反応を誘導可能な)ネオ抗原を検出。
  • マウス実験では、ネオ抗原ワクチンを免疫チェックポイント阻害剤と併用すると奏効率が 90%まで大幅に向上。
図1

<研究背景>

がん細胞表面の HLA には体細胞変異に由来するネオ抗原が提示されています。患者の T 細胞はネオ抗原を目印にがん細胞を攻撃します。正常細胞にネオ抗原はありません。そのためネオ抗原はがんに特異的な、理想的な免疫治療標的と考えられています。世界的にもネオ抗原をワクチンとして投与する次世代がんワクチンが開発されています。しかし、その実用化には課題があ
ります。ネオ抗原は HLA に提示される変異ペプチドのことを指しますが、特定の配列があるわけではありません。つまり、体細胞変異はランダムに生じるため、患者間でネオ抗原の配列は異なります。同時に、患者間で HLA タイプも異なります。現在の技術では患者毎に最適なネオ抗原を予測することは難しく、個別化ワクチン実現の大きな壁となっていました。

<研究方法>

 今回、私たちは免疫ペプチドミクスを活用した新しいネオ抗原検出技術「NESSIE」を開発しました(図 1)。NESSIE では、患者の血液細胞 HLA に提示されているペプチド情報を利用し、がん細胞の遺伝子変異情報と組み合わせて、がん細胞 HLA に提示されるネオ抗原を検出します。本研究では複数のヒト検体とマウスモデルで NESSIE のネオ抗原検出効率と、ネオ抗原ワク
チンの抗腫瘍効果を検証しました。
(図1) NESSIE によるネオ抗原の検出
(図1) NESSIE によるネオ抗原の検出

<研究結果>

同じヒト大腸がん症例を従来法と NESSIE で検証しました。従来法では、1/126(約 8%)の的中率でネオ抗原を検出しました。一方、NESSIE では 1/2(約 50%)の的中率で同じネオ抗原を検出できました。またマウスモデルでは、NESSIE で検出したネオ抗原をワクチンとして免疫チェックポイント阻害剤と併用すると、投与マウスの 90%で腫瘍の退縮を認めました(奏効率約
90%)。これは免疫チェックポイント阻害剤単独の効果(奏効率約 30%)を大きく上回りました(図2)。
(図2)マウス腫瘍モデルを用 いたNESSIEネオ抗原ワクチンの腫瘍増殖抑制効果 検証
(図2)マウス腫瘍モデルを用 いたNESSIEネオ抗原ワクチンの腫瘍増殖抑制効果 検証

く展望>

ネオ抗原の ワクチン応用を考えると、既存のネオ抗原検出法では不十分であり、効果を十分発揮できない 可能性があります。
NESSIEはネオ抗原検出の精度を高め、ワクチンやT細胞輸注療法 など の次世代個別化がん免疫治療の実現に大きく貢献できる可能性があります。 

<謝辞>

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の次世代がん医療加速化研究事業(研究代表:金関貴幸)、日本学術振興会研究助成事業、札幌医科大 学附属研究所免疫プロテオゲノミクス共同研究拠点の支援をうけて実施されました。

く用語解説>

 *1 T細胞(と くに細胞傷害性CD8+T細胞)
T細胞は 免疫細胞であるリンパ球のひとつであり、がん細胞 やウイルス感染細胞を除去する中心的な役割を担う。T細胞は相手細胞 表面のHLA分子に提示された抗原ペプチドをみて標的細胞を識別する。異常な抗原ペプチド(例えばネオ抗原など)を提示する細胞を選択的に攻撃する。
*2 HLA と抗原
すべての有核細胞は細胞表面に HLA と呼ばれる皿状の分子を発現する。HLA は細胞内で生じた膨大な数のタンパク断片(9-15 アミノ酸長のペプチド)を提示している。HLA に提示されたペプチド配列あるいはその元となるタンパク配列を抗原と呼ぶ。ペプチド-HLA 複合体は T リンパ球による免疫監視(スクリーニング)の目印となっている。
*3 ネオ抗原
がん細胞ゲノムでは多くの遺伝子に体細胞変異が生じている。変異遺伝子から変異アミノ酸配列をもつ変異タンパクが翻訳され、
さらにそのタンパク断片が細胞表面の HLA に提示されると、正常細胞には存在しない抗原ペプチド「ネオ抗原」となる。
*4 免疫ペプチドミクス
ひとつの細胞の HLA には数千種類以上ものペプチドが提示されている。これらのペプチドをすべて生化学的に抽出し、網羅的に配列解読する解析を免疫ペプチドミクスと呼ぶ。

<論文発表>

 公表雑誌:
Science Advances (2024 年 9 月 18 日米国東部時間)
論文名:Identification of immunogenic HLA class I and II neoantigens using surrogate immunopeptidomes
著者:
Serina Tokita1,2, Minami Fusagawa1, Satoru Matsumoto1,3, Tasuku Mariya4, Mina Umemoto4, Yoshihiko Hirohashi1, Fumitake Hata5, Tsuyoshi Saito4, Takayuki Kanaseki1,2,* & Toshihiko Torigoe1
1 Department of Pathology, Sapporo Medical University, Japan
2 Joint Research Center for Immunoproteogenomics, Sapporo Medical University, Japan
3 Department of Surgery, IMS Sapporo Digestive Disease Center General Hospital, Japan
4 Department of Obstetrics and Gynecology, Sapporo Medical University, Japan
5 Department of Surgery, Sapporo Dohto Hospital, Japan
* Corresponding author

<本件に関するお問い合わせ先>
所属?職?氏名:札幌医科大学病理学第一講座 金関貴幸
TEL: 011-611-2111(内線 49981)
E-メール: kanaseki★sapmed.ac.jp ★を@に変えて送信してください。

研究者プロフィール

 <研究領域>
?がん免疫治療および個別化医療に向けたトランスレーショナル研究
?免疫ペプチドミクスによるがん抗原?ネオ抗原研究

発行日: